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広島高等裁判所 昭和38年(ラ)10号 決定 1963年6月28日

抗告人 有限会社幸和商会

補助参加人 山本仙吉

相手方 株式会社広島銀行

主文

原決定を取消す。

本件競落を許さない。

理由

抗告人の抗告の趣旨、理由並びに補助参加人の参加の理由は別紙のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

補助参加人の主張について。

補助参加人は、昭和三八年三月四日の本件競売期日に、最高価金五九五万円の競買申請をなし、よつて同月七日競落を許可されたものであることが記録上明らかである。補助参加人は、右競買申出は錯誤にもとづくもので無効であるから競落は許されない旨主張するので、その当・否を検討する。

まず、競買申出につき錯誤による無効の主張が許されるか否かであるが、競売法による競売は、その手続全体から考察して、国家機関において目的物を換価する公法上の処分というべきであるが、その手続の一環をなす競買申出のみを抽出して考察すると、その実質は、私法上の売買における買受の申込となんら異ならないから、競買申出行為は、公法上の行為たる性質を有すると同時に私法上の売買における買受申込の性質をも併有するものと解するのが相当である。したがつて、意思表示の錯誤についての民法第九五条の規定は競買申出に適用さるべきである。

そして、競買申出が錯誤により無効であれば、右申出人を競落人と定めることは、競落不許の事由たる民事訴訟法第六七二条第二号に該当するものというべきである。もつとも、同号は「最高価競買人売買契約を取結び若しくはその不動産を取得する能力なきこと」として競買人の行為能力ないし権利能力の面から競落不許の事由を規定するのであるが、右の各能力を欠くばあいと、買受申出が意思の欠缺、錯誤による意思表示の無効等のばあいとを区別すべき合理的理由を見出しがたいから、同号は後者をも包含する法意と解するのが妥当である。

そこで、補助参加人の前記競買申出が錯誤により無効か否かにつき判断する。補助参加人審尋の結果によると、補助参加人は韓国人で日本国籍を有しないものであるところ、本件船舶を日本船舶として利用する目的で競買申出をしたものであることが認められる。もつとも、記録中の鑑定人穂積[弓交]、の鑑定書(記録一一八丁)によると、本件船舶の評価額は金一七二万円であり、右は同船が整備状況不良等により就航を維持するには多額の整備費を要するためスクラツプとしての評価額であることが認められるが、補助参加人の競買申出額は前記のとおり金五九五万円で、右評価額をはるかに超過するものであるから、補助参加人においてスクラツプとする目的で右申出をなしたものとは認められない。そして、船舶法第一条により外国人は日本船舶を所有しえないのであるから、補助参加人は競落によつて日本船舶に非ざる船舶を取得することとなり、もとより、日本船舶としてこれを所有し使用することは不能となるわけである。ところが、前示鑑定書、本件船舶競売調書並びに補助参加人審尋の結果によれば、本件船舶は引続き日本船舶として使用し得るものとして競売せられ、補助参加人は、一応執行吏に確かめた上で韓国人でも競落により日本船舶を取得しうるものと誤解して競買申出をしたものであることを認めうるから、補助参加人の右意思表示はその要素に錯誤のあること明らかである。もつとも、右船舶法の規定を知らなかつた補助参加人に過失のあることは勿論であるが、前に認定した事情に照らし、その過失は重大なものということはできない。従つて、補助参加人の右競買申出は民法第九五条により無効というべきである。そうすると、さきに説明したところにより右競買申出にもとづいて補助参加人を競落人と定めることは許されない。

よつて、抗告人の抗告理由に対する判断を示すまでもなく、原決定は違法に帰するから、これを取消し、本件競落を許さないこととして主文のとおり決定する。

(裁判官 松本冬樹 胡田勲 長谷川茂治)

別紙

抗告の趣旨

原決定を取消し、更に相当の御裁判を求める。

抗告の理由

一、本件の競売手続はこれを続行すべきでない。

およそ、抵当権の実行に基く船舶競売手続においては、その競売の目的物件となつている船舶が何程の価格で競落されるかということは、抵当権者は勿論のこと債務者その他の利害関係人にとつて重大な利害関係に立ち、最大の関心事であることは申すまでもない。

そこで、本件記録を精査してみると、原裁判所は昭和三十七年十月二十九日附をもつて宇部船渠株式会社取締役村田義之に対して本件競売の目的物件である船舶の評価を命令されている。そして鑑定人村田義之の名において同年十一月六日をもつて「貨物船幸和丸評価書」が提出され、「本船の現状においては船舶としての価値は認め難くスクラツプとして見れば一七〇万円前後のものと認める」旨を鑑定せられ、裁判所は右の評価を採用せられ、昭和三十八年一月七日の第一回競売期日(この期日は変更された)の公告において最低競売価額を金一七〇万円とせられた。

裁判所が評価を命じた場合、それを妥当と認めて採用するかどうかは固より裁判所の自由である。しかし、法は裁判所が自由な判断乃至は独断で競売物件の最低競売価額を定めるものではなく、必ず鑑定人をして評価を為さしめ、その評価額をもつて最低競売価額とすべきことを規定し、慎重を期している。これは、裁判所の定める最低競売価額の決定が爾後の競売手続に至大な関係に立つからである。従つて若し或る鑑定人の評価を不相当と認めるときは、利害関係人の具申を待つまでもなく再鑑定を命ずるのが相当である。

然るところ、本件における前記鑑定人村田義之の鑑定書によると、競売手続が開始されて目的船舶が宇部港に碇泊を命ぜられるまで、本船が運航に供されていたことは記録上明白であるにも拘らず、これを運航するには船体部、機関部共に多大の修理費を要することを理由として、本船の船価はスクラツプとして見る以外ないとの前提に立ち、総屯数四四三、二九屯、総屯数二六七、八一屯の本船を僅かに一七〇万円と評価されている。しかし、同鑑定書は、鑑定の理由中にもあるように、本船は修理費等に一、〇〇〇万円近くの資金をかければ運航可能であることを認めながら本船をスクラツプとしてのみ評価したことは、少くとも良心に従つた誠実な鑑定とは認められないところである。にもかかわらず、原裁判所は再鑑定を命ずることなくこの鑑定人の評価を採用して本船をスクラツプの価額による一七〇万円を最低競売価額に決定し、爾後の手続を続行したことは、不適法であると信ずる。

更に、本船が昭和三十八年一月十五日火災にかかつたことは本件記録上明らかなところであるが、原裁判所はこれに対し

(一) 昭和三十八年一月二十一日附をもつて鑑定人穂積[弓交]に対し本件船舶が商法第六八四条第一項、民訴法第七一七条第一項、若しくは競売法第三六条に謂う船舶なりや否やの鑑定を命じ

(二) 同月二十二日附をもつて債権者が本船が火災となつたため従来の最低競売価額で競売することは不適当と考えるから再鑑定を求める旨裁判所の職権の発動を促す上申に対し、原裁判所は翌二十三日尾道税務署に「不動産の価格照会について」と題し、本船が火災となつたが同火災後の価格を御通知願いたい旨の照会を発したのみで、再鑑定をした事実は記録上認められない。

(三) 然るに、原裁判所は本件昭和三十八年三月四日の競売期日の公告において、本件船舶の最低競売価額を金一、七二〇、〇〇〇円と決定しておられるが、この価格は、鑑定人をして評価を為さしめ、その評価額をもつて最低競売価額としたものではない。前記鑑定人穂積[弓交]に命じたのは、評価ではなくして本件船舶が船舶であるか否かを命じたゞけで、たまたま同人の鑑定書中に本船を一、七二〇、〇〇〇円と評価する旨の記載があるが、これは裁判所の評価の命令に基くものではなく、その評価の理由も極めてズサンで採用すべきものではない。

だとすると、原裁判所は鑑定人をして評価を為さしめずして最低競売価額を決定した違法があり、これに基いて本件競売手続を続行し競落を許可した原決定は取消さるべきものである。

二、本件の最高価競買人山本仙吉は、売買契約を取り結び若くは本件船舶を取得する能力がない。

本件の競売調書、原決定によると、昭和三十八年三月四日の競売期日においては、最高価競買人山本仙吉他三名の競買申出者があり、山本仙吉が最高競買価額金五、九五〇、〇〇〇円の申出をなし、同月七日原裁判所は

福山市東霞町四九六の一 山本仙吉

を競買人とする旨の競落許可決定を言渡されたことが認められる。

然るところ、記録添付の登記簿謄本によると本件船舶が日本船舶である事実は明らかであり、船舶法第一条の規定によると日本船舶は日本臣民でなければその所有権を取得できないことが明示されている。

ところが、本件最高価競買人山本仙吉は、抗告人の調査によると、日本の国籍を有しておらない韓国人であつて外国人登録法により登録を受けていると聞いており、目下その登録の事実証明の手続中である。(右証明書は後日直ちに追完する)。

果して然らば、原裁判所が決定した本件最高価競買人山本仙吉は、本件船舶を所有する能力を有せないものと認められ、原決定は取消さるべきものと信ずる。

別紙

参加の理由

一、参加人は朝鮮人であるので、この船舶を買受けても日本の船舶原簿に登録を受けることができない(船舶法第一条、第五条参照)。そうなると、参加人は本件船舶を、その本来の用途に使用することができず、これをスクラツプとして終う以外に方法はない。スクラツプとするならば本件船舶の価格は高々二百万円位のものであつて、参加人の申出でた競買価額の三分の一位であるに過ぎない。

二、参加人は競買申出前に朝鮮人が船舶を買つたのでは船舶原簿に登録を受けることができないのではないか、との話をきいたので、競売を実施した執行吏にたずねたところ、そんなことは、ない、登録を受けることができるとの言明を得た。それで安心して競買申出をした次第である。

三、以上の事情は、民事訴訟法第六七二条第一号、第二号、第三号に該当すると思う。即ち参加人は執行吏の言明により錯誤におちいつた結果競買申出をしたのである。そのような事実があるのに、手続を進め参加人に競落を強いるのは正義に反する。又参加人は船舶そのものとしては、これを取得する能力なしというべきである。

四、右の通り参加人は、競落許可決定により大損害を被るので抗告人住元秋三を補助するため参加の申出をする。

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